オフィーリアの言葉

ポール・グリフィスの『話を聞いて』。


何の変哲もない140ページほどの小説に見えます。
シェイクスピア『ハムレット』に登場するオフィーリアの、芝居前を描いた作品。
作品の中では、劇中でオフィーリアが使っている単語だけしか使われていません。
語彙制約系の実験ですね。

グリフィスさんは音楽批評家、小説家、リブレット作家といういくつもの顔を持っていて、
この作品は音楽にも仕立てられています。


こちらのメーキング映像はすごく長いです。


こういうタイプの作品も面白いのでいくつか探したいですね。

ネガティブランド

ダグ・ヌーファー『ネガティブランド』は、否定語を含む文だけで綴られた制約系の小説。


オリンピックのメダリストが、恋人と一緒に過去の栄光を再訪する旅に出る。

この作家の制約系の小説としては、『ネバー・アゲイン』もよく知られているようです。
同じ単語を「決して二回は使わない」小説。
すごい。

ここでPDFで読めます。

『ネガティブランド』は話として面白いですが、『ネバー・アゲイン』は話が面白いとは言えないかも。
アイデアはすごいのですが、最初の一文が
When the racetrack closed forever I had to get a job.
なので、when, I, a, the, had がもう既に次の文から使えないというのはしんどすぎる。

繰り返しますが、アイデアはすごい。


やし酒飲み

エイモス・チュッツオーラ『やし酒飲み』。

「わたしは、十になった子供の頃から、やし酒飲みだった」――。やし酒を飲むことしか能のない男が、死んだ自分専属のやし酒造りの名人を呼び戻すため「死者の町」へと旅に出る。その途上で出会う、頭ガイ骨だけの紳士、指から生まれた赤ん坊、不帰(かえらじ)の天の町……。神話的想像力が豊かに息づく、アフリカ文学の最高峰。1952年刊。

紹介を読むだけで、少しへんてこな話だと分かります。
「実験的」と評すべきかどうかは微妙ですが、風変わりで、楽しいことは間違いないです。
あまり似たタイプの作家がいないような気もします。

ペドロ・パラモ

フアン・ルルフォ『ペドロ・パラモ』。

ペドロ・パラモという名の、顔も知らぬ父親を探して「おれ」はコマラに辿りつく。しかしそこは、ひそかなささめきに包まれた死者ばかりの町だった……。生者と死者が混交し、現在と過去が交錯する前衛的な手法によって紛れもないメキシコの現実を描き出し、ラテンアメリカ文学ブームの先駆けとなった古典的名作。

やや覚えにくい中南米系の名前が次々に登場するので、頭が混乱します。
ざっと読んでから改めて再読するか、メモを取りながらじっくり読むことをおすすめします。
紹介しているHPもいくつかあります。こちらも。

恋愛小説という主軸部分が素晴らしい。

文体練習

レーモン・クノーの『文体練習』。

他愛もないひとつの出来事が、99通りものヴァリエーションによって変幻自在に書き分けられてゆく。20世紀フランス文学の急進的な革命を率いたクノーによる究極の言語遊戯が遂に完全翻訳された。前人未到のことば遊び。

これに触発された著作がいくつかあります。


実を言うと、これらの著作はどれも、タイトルからイメージするのとは異なり、文体練習という感じではありません。レトリックとして文体の練習をしたいなら、こちらはいかがでしょう?



どれも楽しくて勉強になります。